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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)8550号 判決

原告 宮腰剛志

右同 宮腰愛子

右両名訴訟代理人弁護士 永野謙丸

右同 太田夏生

右同 真山泰

右同 塚田斌

被告 国際興業株式会社

右代表者代表取締役 小佐野栄

右訴訟代理人弁護士 田中登

右同 二宮充子

右同 大内猛彦

右同 成見幸子

右訴訟復代理人弁護士 早川俊幸

右同 坂東規子

主文

一  被告は、原告宮腰剛志に対し金一九六万〇、〇八五円、原告宮腰愛子に対し金一六二万六、七〇一円及びこれらに対する昭和四七年四月一六日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者双方の求める裁判

一  原告ら

(一)  被告は、原告宮腰剛志(以下原告剛志という。)に対し金二〇六万四、三四七円、原告宮腰愛子(以下原告愛子という。)に対し金一七〇万三、九五六円およびこれらに対する昭和四七年四月一六日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

二  被告

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。との判決ならびに原告ら勝訴の場合担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求める。

第二原告らの請求の原因

一  (事故の発生)

訴外宮腰実枝(以下実枝という。)は、昭和四七年四月一六日午後四時頃、東京都板橋区坂下三丁目二三番二八号先いわゆる坂下交差点路上において、訴外石川彰文(以下訴外石川という。)の運転する大型乗合自動車(練馬二二か三六一号、以下本件バスという。)が、右交差点で信号機の表示する信号に従い、一旦停止し、その後他の車両に続いて発進して戸田方面へ向け国道一七号線を進行しようとした際、同車にはね飛ばされ、その結果、頭蓋内損傷、右胸腔内臓器損傷により即死した。

二  (責任原因)

被告は、本件バスを業務用に使用し、自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により、原告らの蒙った損害を賠償する義務がある。

三  (損害)

(一)  葬儀費用等

原告剛志は、実枝の事故死に伴い、葬儀費用として金二一万三、三八四円を支出し、墓石購入費用として金一〇万円の支出を余儀なくされている。

(二)  実枝の逸失利益と原告らの相続分

1 実枝は、昭和四四年四月二六日生まれで、事故当時、満二才一一ヶ月で発育の極めて順調な女子であった。

実枝は、本件事故にあわなければ、高校卒業後である満一八才から女子の平均余命(七五・五八才)の範囲内である満六〇才に達するまでの四二年間稼働できたはずであり、その間の収入としては、労働省労働統計調査部の賃金構造基本統計調査(昭和四六年度)による年令階級別の常用女子労働者の平均年間給与額により、満一八才から一九才までは四八万七、四〇〇円、二〇才から二四才までは六〇万九、三〇〇円、二五才から二九才までは六七万三、四〇〇円、三〇才から三四才までは六二万二、七〇〇円、三五才から三九才までは六一万三、三〇〇円、四〇才から四九才までは六四万七、〇〇〇円、五〇才から五九才までは六二万九、一〇〇円とみるのが相当であり、その間の生活費は全稼働期間を通して収入の五割とし、毎年末日に収入を得るものとして年毎複式のライプニッツ式により年五分の中間利息を控除して計算すると、実枝の逸失利益の現価は金二五八万七、四〇二円となる。

2 原告らは、実枝の父母で、実枝には他に相続人はいないから、実枝の右逸失利益の賠償請求権を法定相続分に応じ二分の一ずつ相続した。その額は、各金一二九万三、七〇一円である。

(三)  原告両名の慰藉料

原告らは、実枝の死亡後も訴外宮腰敦法(事故時七才)訴外宮腰多枝(事故時五才)の一男一女はあるが、実枝が極めて健康で、明朗で素直な性格の子であったので、非常な愛情を注いでいたが、本件事故により、このような愛児を突然失い、精神的虚脱状態に陥り、毎日涙にくれている。原告らの非痛な心情は言語に絶するものがあるが、その精神的損害を慰藉するには、各金二〇〇万円が相当である。

(四)  損害の填補

原告らは、本件事故による損害につき、自賠責保険から金三六二万四、〇〇〇円を受領し、これを原告両名の前記損害に各金一八一万二、〇〇〇円ずつ充当した。

(五)  弁護士費用

原告両名は、被告が任意の弁済に応じないので、弁護士である原告ら訴訟代理人に本件訴訟の提起および追行を委任し、成功報酬として原告両名とも認容額の各一五パーセントの割合で、第一審判決言渡時に支払うことを約したので、弁護士費用として、原告剛志が金二六万九、二六二円、原告愛子が金二二万二、二五五円の各支出を要する。

四  よって、被告に対し、原告剛志は金二〇六万四、三四七円、原告愛子は金一七〇万三九五六円およびこれらに対する本件事故発生の日である昭和四七年四月一六日から支払い済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三被告の答弁および抗弁

一  答弁

請求原因一の事実中、実枝が本件バスにはね飛ばされたとの事実は否認し、その余の事実は認める。

同二の事実は認める。

同三(一)の実は不知。

同三(二)の事実のうち、実枝の稼働可能年数および逸失利益算出の基礎収入額については争い、その余の事実は認める。実枝の稼働可能年数は二〇才から五五才までとみるべきであり、収入についても控え目にみて、企業規模一〇ないし九九人の場合に基づいて算出すべきである。

同三(三)の事実は不知。原告らの慰藉料の額は実枝の年令を考慮し、原告両名併わせて金三〇〇万円程度が相当である。

同三(四)の事実は認める。

同三(五)の事実のうち、原告ら主張の契約内容は不知。本件訴訟の弁護士費用としては、判決認容額の一〇パーセントを超える部分は原告両名において負担すべきである。

同四の事実は争う。遅延損害金の発生は、葬儀費用および弁護士費用については少くとも事故発生の日に損害が生じたとはいえない。

二  損益相殺

原告両名は、実枝の事故死により、その稼働開始時までの養育費の支出を免れ利益を得ているので、実枝が三才から二〇才に至るまでの年額一〇万円の割合による養育費の現価金一一二万七四〇六円を原告両名の逸失利益の相続分から控除すべきである。

三  過失相殺

本件事故は、現場道路がガードレールにより歩車道を区分しているところ、実枝が、本件バスの一時停止中または発進直後右ガードレールの隙間から車道に出て来て本件バスの左後輪附近に接触して事故を発生させたものである。

原告両名は、実枝の監護義務者でありながら、三才未満の幼児である実枝を一人で戸外に遊びに行かせたため、本件事故を惹起させたものであるから、原告らにも重大な過失があるから損害算定に当り斟酌すべきである。

四  弁済

被告は、原告ら自認の三六二万四、〇〇〇円の他、本件請求外の治療費二万〇、八〇〇円を支払っている。

第四原告らの抗弁に対する認否

被告主張の弁済の抗弁は認めるが、その余の抗弁は否認する。

第五証拠≪省略≫

理由

一  (事故の発生)

実枝が、原告ら主張の日時、場所において、信号機の表示する信号に従い、一旦停止し、その後他の車両に続いて発進して戸田方面向け国道一七号線を進行しようとした訴外石川運転の本件バスとの事故に遭遇し、その結果、頭蓋内損傷、右胸腔内臓器損傷により即死したことは当事者間に争いがない。

二  (事故の態様)

(一)  ≪証拠省略≫によれば、次の事実が認められる。

本件事故現場は、別紙現場見取図のとおり、巣鴨方面から戸田橋方面にほぼ南々東から、本件交差点において北方に通ずる、歩車道区別のある、車道幅員約一六・六メートルの国道一七号線(通称中仙道という。)と、南方面の蓮根方面から通ずる歩車道区別のある、車道幅員約七メートルの通称御成塚通りとの交差する変形丁字路交差点内にある。右交差点は信号機による交通整理が行われている。右交差点の巣鴨方面からの交差点入口には、幅約四メートルの横断歩道と車道両側に信号機が設置され、御成塚通りからの交差点入口には国道一七号線に添う形で斜めに長さ約二五メートル幅四メートルの横断歩道があり、右歩道両側およびその手前左側に自動信号機が各設置され、右歩道手前には白線で停止線が引かれている。それら横断歩道、信号機、停止線の各設置状況は別紙図面のとおりである。右交差点から戸田方面より約五〇メートル先の国道一七号線上には横断歩道橋が設けられている。

右御成塚通りの歩道は、国道一七号線に向い右側が約一・三メートルで、左側が一・五メートルであり、車道との境界にはガードパイプの柵が設けられているが、左側のガードパイプは国道一七号線に添う形の右横断歩道から約一六メートル手前までは連続しているが、その手前は自動車修理鈑金塗装工場の出入口のため一部設置されてなく、さらに手前の方は連続して設けられている。なお右各道路はその両側が商店や住宅等で密集しているが、路上での視界を妨げるものはなく、見通し状況は良好であり、又制限最高速度は御成塚通りが毎時四〇キロメートル、国道一七号線が毎時五〇キロメートルで、共に交通量は多い。

現場各道路の路面はアスファルト舗装が施されており、中央にはいずれも白色ペイントで中央線が標示され、平坦であり、当時、乾燥していた。

本件バスは、車長一〇・五メートル、車幅二・四九メートルの大型バスであるが、バックミラー・サイドミラー等正常であり、バックミラーの取付部、即ち車体左側方前部を除いては死角とはならない状況にあった。

事故後の見分によると、本件バスの前部バンバーの左側から〇・五七ないし〇・七四メートル、地上から〇・五ないし〇・六四メートルの部分に鮮明な払拭痕があったが、同部分は、事故時の二、三日前に板金をした部分に当り、板金に際してはウエスで泥等を拭きとられるのが通例である。(従って、本件事故の接触痕と断定はできない。)

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(二)  ≪証拠省略≫によれば、次の事実が認められる。

訴外石川の運転する本件バスは、運転手以外の乗務員のいないワンマンカーで、本件事故発生前に志村坂下の車庫を出発して徳丸橋バス停留所に向う途中、本件交差点に至った際、対面信号が赤色を表示していたため、別紙図面のように、御成塚通りに右停止線を越えそれをまたぐような状態で、国道一七号線に添う横断歩道の手前でタクシーに続き、同車の後方約三メートルの地点に一時停止したが、間もなく信号が青色表示に変り、約三メートル進行したタクシーに続き発進した。その際、右停止位置から左前方約七・五メートル進行した地点(別紙図面×地点)において、少なくとも本件バス左後部車輪で、前記左側の歩道から車道内約二メートルの地点に頭部を歩道に向け足を道路中央に向けうつ伏せ状態であった実枝の胸腹部を轢過した。

しかし、本件バスの前・後輪とも、轢過した痕跡は残っていない。

以上の事実が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(三)  ≪証拠省略≫によれば、実枝宅は、本件中仙道の東側に位置しているが、同人は、事故発生前に近所の五才になる幼児に買物に誘われて前記歩道橋を渡って御成塚通りに来たが、前記轢過地点から二〇メートル余蓮根方面の地点で右幼児と分かれて一人で帰宅するため、右通りの左側歩道を歩いて別紙図面パチンコ店の前を通り、同店に勤める木村貞夫から父親が来店していない旨を告げられて前記轢過地点に至ったこと、実枝が帰宅するには本件交差点を横断するか、五〇メートル先の歩道橋を利用しなければ行けないことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(四)  ところで、本件事故は、実枝が本件バスの後輪で轢過されたこと以上に具体的事実を認めることのできる証拠はない。

≪証拠省略≫中には、本件バスが横断歩道の手前に一時停止していたところ、実枝が転倒した拍子に本件バスの左後部車輪の内側に入ってしまい、その際本件バスが実枝を轢過した旨の部分があるが、前記認定したような、本件バスの信号待ち停止位置と轢過地点とによれば、本件バスは轢過前において、ある程度の速度で走行していたものであり、又実枝が幼児であったとはいえ、走行しているバスの前・後輪の間に前記認定したような態様、即ち、頭部を外側に、足部が車体側に、しかもうつぶせの形になる蓋然性はさ程高いものとは認め難く、更に実枝の受傷部位が胸膜部のみでなく、頭蓋内損傷もあることに照らすと、右≪証拠省略≫を未だ措信することはできない。

もちろん、本件事故も、一時停止中の本件バスの前・後輪の間に倒れ込んだ実枝を、後輪でひきずったうえ轢過した可能性が全くないわけではないが、本件バスの前部バンバーの接触痕らしきものの存在、前記認定したような本件交差点の形状とによれば、訴外石川が本件バスの前部を横断中の実枝に気付かず、同女に接触させ、転倒した同女を後輪のみが轢過した可能性も否定できず(交差点の形状からすると、左にハンドルを切らねばならぬものと推認されるが、そうすると内輪差により、そういう可能性はあり得る。)又二重に轢過した可能性も、或いはバンバーで接触後車体下部に巻き込み、ひきずったうえ後輪で轢過した可能性もある。

しかも、実枝が横断中であったとしても、同女が横断歩道による横断でなかったことは明らかであるが、どの地点をどのように横断したのか、横断開始時における信号関係はどうであったのか、本件バスが走行中であったか停止中であったかは、いずれも認めるに足りるだけの証拠はないばかりか、同女が三才未満の幼児であることに鑑みると推認することも不可能である。

三  (責任原因)

請求原因二の事実は当事者間に争いがない。

してみると、被告は、本件バスの運行供用者であるから、自賠法三条により、原告らの蒙った損害を賠償する義務がある。

四  (損害)

(一)  葬儀費用等

≪証拠省略≫によれば、同原告は、実枝の事故死に伴い、少なくとも同原告主張の葬儀費用を支出し、墓地を金二五万円で購入したほか墓石の購入を予定していることが認められるが、そのうち本件事故と相当因果関係にある葬儀費用等の損害の本件事故発生時の現価としては、同原告請求の金三一万三、三八四円を下らないと認めるのを相当とする。

(二)  実枝の逸失利益と原告両名の相続分

1  実枝が昭和四四年四月二六日生の女児であったことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によると、同女は、原告剛志(当時三五才)、同愛子(当時二九才)及び兄敦法(当時六才)、姉多枝(当時四才)と幸福な家庭生活を営んでいた、健康な、元気な子であったことが認められる。

そして、三才女児の平均余命が七〇年を超えることは当裁判所に顕著な事実であるから、これと右実枝の健康状態とによれば、実枝は本件事故に遭遇していなければ、その平均余命を全うすることができ、その間、控え目に見ても、中学卒業の満一六才から満六七才までの五一年間、その全期間を通じて平均すると、平均的中卒女子労働者と同程度の稼働をなし得たものと推認される。このような女子労働者の稼働能力評価に当っては、賃金センサス等が参考とさるべきであるが、公務員の場合について言及するまでもなく、男子労働者のそれに比較すると、賃金センサスによる女子労働者の収入は不相当に低すぎ(例えば、昭和四七年センサスによると、中卒女子労働者の全平均年収額は、中卒男子労働者全平均の五割にも満たない。同年令層にあっては、男女間に、それ程の労働能力の差があるとは考えられない。)、これは女子労働者が家事に従事することが多いことから、稼働自体の時間が制限されたり(例えば、パートタイム労働者)、或いは長期に亘る就労を前提としない稼働であったり(例えば、結婚までの就労等)することによるものと判断されるから、賃金センサスの数値のみによることは極めて合理性を欠くものというほかなく、一般女子労働者の労働能力評価に当っては、右センサスの数値に家事労働分を加算して評価しなければ、合理性、妥当性を欠くものというべきである。このように考えると、実枝が本件事故によって奪われた労働能力は、控え目に考えても、中学卒業後の満一六才から五一年間、全期間を通算して平均すると、昭和四七年センサスによる中卒女子全労働者の平均年収金六〇万七、六〇〇円、極めて控え目に考慮した家事労働分年金二四万円を併せた金八四万七、六〇〇円を下らない収益を得ることができたものとして評価・算定するのが相当である(その数値でも中卒男子全労働者の平均年収の七割を下るのであって、右数値は極めて控え目な数値である。)。

そうすると、実枝は、本件事故に遭遇していなければ控え目に考えても、中学卒業の満一六才から五一年間、年当り金八四万七、六〇〇円の収入を得、それより自己の生活の維持・促進等の費用としてその半分を支出したものと推認される。この実枝の逸失利益の事故発生時の現価を、本判決言渡までは単利(ホフマン式)、それ以降は複利(ライプニッツ式)により年五分の割合による中間利息を控除し、さらに死亡に伴い支出を免れた生活費及び年当り一二万円の稼働開始に至るまでの一三年間の養育費を控除して算出しても、原告ら請求額の金二五八万七、四〇二円を下ることはないことは明らかである。

なお、女児の逸失利益算定に当っては、原告ら主張の如く年令毎に算出する方法も考えられないではないが、本件のように全年令層女子労働者の平均値により算出することも、中間利息を複利で控除する場合には、数値の上での差は合理性のある範囲内にあるのであって、合理性・妥当性のあるものである。

2  原告らが実枝のそれぞれ父及び母であり、実枝には原告ら以外に相続人がないことは当事者間に争いがない。

そうすると、原告らは法定相続に従い、右実枝の損害賠償請求権金二五八万七、四〇二円の二分の一宛相続したこととなる。

(三)  原告らの慰藉料

以上認定したような原告らと実枝の身分関係、原告らの家族構成、実枝の年令・性別等諸事情によれば、原告らが実枝死亡によって受けた精神的損害は、控え目に考えても、原告ら主張の各金二〇〇万円を下らない金額でもって慰藉されるべきと認めるのが相当である。

五  (過失相殺の主張について)

前記認定したような事故態様に鑑みると、事故発生の態様は不明な部分が多く、実枝に有利に考えても、同人は横断歩道の直近を、信号の変り目近くに横断を開始したものであって、同所付近が交通量の多い、主要幹線道路付近であることに照らすと、そのような場所に三才未満の女児である実枝を放置した原告らに監護義務履行に当り落度があったと見る余地がないでもないが、事故態様が不明で、実枝が青信号時に横断を開始した場合もあり得るし、同人の横断場所が横断歩道と車両停止線との間であったと認められ、本件バスも正当に停止線で停止していれば(停止線で停止し得なかった事情があったと認めることのできる証拠はない。)、本件事故発生は回避し得たと推認されることと、原告らの本訴請求が極めて控え目であることを考慮すると、本件原告らの請求については過失相殺をするまでもないと解するのが、当事者間の公平に合致する。

六  (損害の填補)

原告らが自賠責保険から金三六二万四、〇〇〇円を受領し、これを半分ずつ原告らの損害に充当したことは当事者間に争いがない。

被告が、この他本件請求外の治療費金二万〇、八〇〇円を原告らに支払っていることも当事者間に争いがないが、過失相殺をすべきでない本件では、右被告の弁済は本件原告らの請求額には何ら影響を与えるものではない。

七  (弁護士費用)

弁論の全趣旨によると、被告が任意の弁済に応じないため、原告らはその取立を、弁護士である本件原告ら訴訟代理人に委任し、その報酬として第一審判決言渡時に、認容額の一五パーセントに当る金額を支払う旨約したことが認められる。

しかし、本件事案の内容、審理の経過、認容額に照らすと、本件事故と相当因果関係にある弁護士費用の事故発生時の現価は、原告剛志において金一六万五、〇〇〇円、原告愛子において金一四万五、〇〇〇円と認めるのが相当である。

八  (結論)

そうすると、原告らの被告に対する請求は、原告剛志において金一九六万〇、〇八五円、原告愛子において金一六二万六、七〇一円及びこれらに対する事故発生日である昭和四七年四月一六日から支払い済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当であるので棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条を、各適用し仮執行免脱の宣言を付するのは相当でないので、その申立は却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中康久)

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